デジタル化はこれまでアナログで行っていたことを効率化し、属人的なものを共通のフォーマットに落とし込むことができます。その一方で、デジタル化の進展は全世界に自社、あるいは社員の行動や書き込みを拡散させてしまうことになります。
「バズる」というのは良い意味での拡散であり、「炎上」は悪い意味での拡散です。世界中を味方につけるも、敵に回すも一瞬で不可逆的に行われてしまうのがデジタル化の功罪であり、デジタルリスクを知ることで、デジタルの負の側面を回避することができます。
今回はデジタルリスクの基本的な内容紹介や過去の事例を交えながらリスクの回避術をご紹介いたします。
デジタルリスクとは何か?
デジタルリスクとは、インターネットを企業や社員が行う上で生じるビジネスリスクを指します。
企業の公式HPなどに不適切な内容が掲載されることだけでなく、企業公式SNSや社員、従業員のSNSによる不適切、不謹慎な内容の発信、拡散だけではなく、企業の商品やサービスに対するクレーム対応に問題があり、それを顧客や第三者がSNSなどで発信、拡散されること、経営者や役員の問題行動がSNSを介して広まることなど多岐にわたります。
- 企業の公式HPや公式動画、企業アカウントからのメール、メルマガ等に不適切な内容があり、それがSNSや掲示板を通して広がる
- 企業SNSや社員のSNSに問題があり、それが見つかり、拡散、炎上する
- 企業の役員や社員の問題行動が第3者(あるいは内部)よりSNSで発信され、拡散、炎上する
大きく分けるとこの3つのリスクを指します。
どれも、ここ10年くらいで一般的になったSNS(TwitterやFacebook、Instagram)による拡散で、問題行動に「燃料」がくべられ、「初期消火」ができないことが影響しています。
問題発言、問題行動があっても20年前ではせいぜい2ちゃんねる(現5ちゃんねる)に真偽不明の情報として書かれたくらいなのですが、大きく変わってしまいました。
デジタルリスクはなぜ起こるのか?
デジタルリスクについて概要をつかんでいただいたところで、それらはなぜ起こるのでしょうか?
デジタルリスクの発生源
デジタルリスクはどのように発生するのか、その発生源は大きく3つに分かれます。
企業の公式アカウントやプレスリリース、HPなど
企業が公式に発表、公開している内容に問題があり、炎上してしまうケースです。
公式なものなので、発表までそれが問題になると気づいていません。
性別、人種、学歴等について価値観、認識が30年前のままだと大炎上してしまう可能性があります。
慌てて動画削除やCM中止に至る例も増えています。
役員、社員、アルバイト
役員や社員のSNSだけではなく、非正規雇用のアルバイトや派遣社員の行動やSNSの発言が、拡散し炎上を招くことがあります。
「バイトテロ」などは社員が管理監督しきれない環境で起きました。
また、経営者がSNSなどで不用意な発言をしてそれが拡散する例もあります。
顧客・第三者・競合企業
クレーム対応窓口で、社員の言動を録音し「不適切だ!」とネットで拡散することもよくあります。
悪意のある第三者や競合する企業、特定の目的を持った社会活動家などが、「落ち度」がないか徹底的に監視していることもあります。
火のないところに煙を立てるだけではなく、わざわざ燃料を蒔かれることもあります。
炎上は瞬く間に拡散しますが、その炎上が誤りだった場合の訂正や謝罪はまったく広がらず、「その企業はよくないことをして炎上した」という印象だけが残ってしまいます。
デジタルリスクが生まれる背景
なぜ炎上はよくないと理解していながら、このようなデジタルリスクを生じさせてしまうのでしょうか?
SNSに対する理解が不足している
SNSを友人限定や鍵アカウントなどクローズな状態ではなく、オープンな状態で公開してしまえば、それは友人、知人に向かってしゃべっているような感覚でも、世界中から検索できる状態になります。
SNSは不特定多数のユーザーが参加するオンラインコミュニティーサービスであり、ネット黎明期のインナーサークル的な雰囲気や、mixi時代のコミュニィとは異なります。
自分の発言は世界に向けて公開されていて、いつ第三者に見つかり拡散するリスクがあるかわからないことを認識していないと、炎上を生み出してしまいます。
ニュースとストーリーズの違いを過信した、友人の中にも「敵」はいる
「バイトテロ」などがここに該当します。ずっと掲載される「ニュース」ではなく、1日で消える「ストーリーズ」ならいいか、と油断してそれが動画とともに拡散しました。
動画があればもう言い逃れできません。
また、外部に拡散したということは、「友人」の中に友人ではなく、悪意を持った人もいたということです。
ネット上で知り合った人は、リアルの本当に秘密を共有できる友人で得ない限り、信用すべきではなく、第三者と同じ存在だとご認識ください。
脱税や申告漏れですら、発覚するのは友人や知人から税務署へのタレコミだと言われています。本当に秘密を共有できる友人なんていないかもしれません。
セキュリティ対策不足
「古典的」ですがセキュリティが脆弱だと、内部情報にアクセスされそれが外部に流出します。機密情報や内部資料、動画などが流出してしまうのは、内部の人間からの持ち出しだけではなく、外部からセキュリティをかいくぐり、情報を盗まれることもあります。
単なる顧客情報の流出だけなら謝罪等で対処の方法もありますが(それもダメですが)、例えば、顧客にランク付けをしていた、顧客を蔑称で呼んでいた、社会的階層などでグループ会分けしていたなどがバレると、即「差別企業」認定されます。
ITリテラシーや社会情勢の変化への無理解
「昭和のおやじ」の価値観が消えていない、50代、60代の経営者層の「やらかし」による炎上も後を絶ちません。
社会情勢は大きく変わっており、セクハラ的言動や書き込み、人種や学歴等によるマウントなどは、社会的嫌悪感と制裁を生みます。
東京オリンピックの開会式前のごたごたも、こうした価値観をアップデートできないことから生じ、一気に外部に拡散しああなってしまいました。
経営やマーケティング、広報を担っている層の価値観がそのままだと、SNSでのやらかしだけではなく、第三者からの告発的なSNS拡散のリスクもあります。
デジタルリスクの事例
実際にデジタルリスクが生じて、今なお影響している事例をいくつか紹介します。
トンボ鉛筆の佐藤
2011年の東日本大震災の際に、大手文房具メーカー「トンボ鉛筆」の人事の方が出した伝説のメールで大炎上しかけた事例です。
今でも地震が起きると、5chなどの掲示板に「トンボ鉛筆の佐藤です」というスレッドとともに、当時のメールが転載されます。
このメールは、当時、新卒採用を担当していたトンボ鉛筆の人事の方が、非常事態で「ハイ」になっていたこともあり、上から目線のメールを就活生に送ってしまいました。
地震による停電や津波で大変なことになっている中で、「どんなことがあっても履歴書やエントリーシートを当初の期限までに送れ。それが就活生の義務だろ。自分は人事としてそれを当然だと思っている」(要約)という内容でした。
ただ、すぐに彼の上長が「彼のメールは『驕り昂り言語道断』です」と処断したことで、大炎上せずに済みました。
しかし、10年以上経った現在も、地震=トンボ鉛筆という刷り込みは一部の人から消えず、そのたびに掲示板に書き込まれるため、どんどんアップデートされてしまっています。
吉野家の「生娘シャブ漬け」発言
その「トンボ鉛筆の佐藤」級のやらかしとも言われるのが、2022年4月に吉野家の取締役は発言したこの事例です。
もともと、早稲田大学の課外講座(しかも高額な受講料)で、ある程度インナーサークル的な雰囲気もあったのでしょう、男の世界というイメージが強い吉野家で、女性客を増やすための戦略の例えとして、この不適切発言が出ました。
これは受講者(第三者)が、SNSで顛末を公開したことで、拡散、炎上しました。取締役がSNSやメディアで話したことではないのですが、SNS時代だからこそこのような告発が致命傷となってしまいました。
結果、彼は取締役を炎上した翌日に解任されてしまいました。
吉野家=生娘シャブ漬けのイメージがどこまで根付いてしまうのでしょうか?
飲食店の「バイトテロ」
2010年台後半に複数の飲食チェーンのバイトが食べ物をぞんざいに、不潔に取り扱う様子をSNSのアップし、動画ともに炎上し拡散しました。
デジタルタトゥーとして今も動画は消えていません。
バイトの多くは全世界に向けて公開したわけではなく、友人限定、しかも1日で消える「ストーリーズ」で公開したのですが、彼らの「友人」はネット上だけの知り合いも多く、悪意をもって、あるいは何気なくシェアした結果、大変なことになりました。
動画が残ると何をどうやっても言い逃れできないデジタルリスクになります
「二度目の人生を異世界で」作者の過去発言
ネットの「キャンセルチャー」の事例で、過去を掘り起こされて大炎上し、プロジェクトそのものが消滅、「なかったこと」になった事例です。
なろう小説「二度目の人生を異世界で」はアニメ化が決まっていましたが、作者は過去に通ッター上で中国や韓国を蔑視する発言を繰り返していました。
アニメ化のタイミングで、この発言が掘り起こされ、大変な騒ぎになりました。
すべて中止、書籍も発行できなくなりました。
今の考えは違っても、過去の発言が残っていると、それを指摘され、大きなリスクになります。
東京オリンピックの開会式直前の騒動も、これに近いものがあります。
今、これから気を付けても、過去のもの、10年前のものはすでにこの世にあります。
新規採用する社員のこれからは注意できても、学生時代の発言まではチェックできません。
意図的にTwitterなどの過去を掘って拡散する人はいます。
これは大きなデジタルリスクになります。
デジタルリスクを回避するために何ができるのか?
デジタル系の炎上は「リベンジポルノ」と同様に、一度ネット上に出てしまうと、「デジタルタトゥー」として完全に消すことができなくなります。
謝罪や反省をしてある程度沈下しても、いつ過去の話題を燃料としてくべられるかわかりません。
ネット上は善人ではないという前提で、そもそもリスクを起こさないことが最大の安全保障になります。
ITツールやSNSの取り扱いに関する規定を設ける
SNSの使い方についてしっかりとした規定を作りましょう。
個人の自由な発言を制限しろということではなく、デジタルリスクマネジメントとして、社内規則を設けることが重要です。
勤務時間中の(私用)SNSの制限、会社のPCやタブレットを使ったSNSの制限など、少しでも「特定」されないようにシステムを作ります。
情報漏洩リスクを減らすために、PC等の社外への持ち出し、データの持ち出し等についてもしっかりルール化しましょう。
テレワークの進展とともに家庭で仕事をする機会も増えます。
社内サーバーやイントラへのアクセスなどについても、ルールを決めることがデジタルリスク低減につながります。
セキュリティ環境、セキュリティソフトのアップデート
外部からのアクセス、攻撃により情報漏洩リスクを減らします。
内部でしっかりと情報管理できれば、デジタルリスクが生じない場面も多く、デジタルリスクだけではなくコンプライアンス面でも、会社のセキュリティ環境は重要です。
最新のセキュリティソフトを導入し、ハッキングなどのリスクを減らしてきましょう。
役員、従業員、アルバイトなどすべての人に対するITリテラシーの教育
従業員のITリテラシーがなっていない!とよく言われますが、もっとなっていないのは経営者、役員です。したがって、全社的にITリテラシー教育を徹底する必要があります。
デジタルリスクを軽視して大変なことになった企業の事例などを学びながら、全社が自分のものとして理解する必要があります。
「危機管理学部」があるのに、自分のところの危機管理がまったくダメだったどこかの大学のようにならないようにしてください。
最後は個人の良心にゆだねるしかないが、可能な限りシステム面でリスクを減らそう!
言論の自由があり、SNSで発信できる日本で、社員に「SNS絶対禁止」と命令することはできません。SNSも使い方次第で、炎上ではなく「バズる」ことができれば、広告費をかけずに絶大なPR効果をもたらします。
使い方次第で毒にも薬にもなるのがHPやSNSであり、最終的には経営者を含めた全社員がデジタルリスクをしっかり認識し、回避行動をとれるかにかかっています。
社会のセキュリティ環境整備や、デジタル関係の規則整備はデジタルリスクを減らしますが、最終的には個々人の自覚を促し、最新の社会情勢をアップデートするしかありません。
社員だけではなく、経営者層もデジタルリスクを知らない、むしろ経営者層こそデジタルリスクを学ぶ必要があるのです。
国のデジタル庁の「現状」をみれば、その大切さが何よりわかるはずです。