高齢化と後継者難で事業継続が難しくなっている日本企業、特に中小企業は、そのまま後継者がおらず廃業してしまうのは避けたいという思いがあります。また、経営難でも将来性がある分野を高く評価している人がいます。
M&A(事業承継)は後継者難や今後の展望が見えない企業を存続させ、将来に向けて前向きに発展させるための方法として、近年注目されています。
しかし、M&Aには良いところ、メリットばかりではありません。他社の事業を承継するデメリット、リスクも当然潜んでいます。これまで経営していなかった企業を引き継ぐわけですから、ノーリスクとはいきません。
可能な限りリスクヘッジしてM&Aを実現させるためにはリスクを知ることが大切です。今回は、M&Aする上で起こりやすいトラブルや発生の原因、回避するためのポイントを、読者のみなさまに合わせて、主に買い手に注目してご紹介いたします。
買い手側の事業承継リスク
買い手、M&Aによって他社の事業を引き継ぎたい企業にとってのリスクを紹介します。事業を引き継ぐということは、それまでに権利関係や負債など清濁併せ飲むことになるため、慎重なリスク評価が必要です。
財務リスク
M&Aによって買収した企業の実際の評価よりも高く買ってしまうリスクです。逆に売り手は高く売り抜けたことになります。
要はコスパの悪い買収をしてしまい、買収後、簿外債務や保証債務など企業情報の書類に載っていないリスクを見落としてしまいます。
買収後、経営が順調ならば多少高く買っても十分元は取れるかもしれませんが、逆の場合は何のために何のためのM&Aかわからないくらい経営が圧迫させられてしまいます。
当事者間の信頼関係に加えて、しっかりデューデリジェンス(DD)を実施しないと、費用対効果の悪いM&Aになってしまいます。
人的リスク
人的リスクは大きく分けて2つあります。1つ目はM&Aで買収されることで、元居た社員が離職してしまうことです。企業文化や風土が変わり、これまで通り働けなくなるのでは?と危惧する社員は予想以上に多く、給料が下がってしまうのでは?と考える人もいます。
外資系に買われ、文化が変わってしまった日本企業の社員をイメージするとわかりやすいです。
もう1つは給与の未払いなど労務管理のリスクです。売り手の企業は労務管理がいい加減で、サービス残業が横行していたとします。買収後、未払い残業、あるいはハラスメントを訴えてくる対象は買い手の経営陣です。
潜在的に人事労務関連が杜撰な企業をM&Aする可能性があり、そのリスクを注意すべきです。
法的リスク
M&Aで買収した会社は、その会社との取引先契約も引き継ぎます。
つまり、A社がB社を買収した場合、B社と取り引き先C社との契約も引き継ぎます。B社がC社と「納期や期限を守らない場合は3倍で請求できる契約」など、B社に不利な契約も引き継ぐことになります。
法的にリスクがあるものも、説明がないまま引き継ぐ可能性があり、それは先方から指摘されたとき抗弁できません。
事前に弁護士などを入れて、売り手が構築している法的関係をしっかり把握しないとリスキーです。
コンプライアンスリスク
売り手の会社(買収先)が違法行為やコンプライアンス違反に手を染めていて、それをわからないように隠ぺいしているリスクです。その事実を知っていれば、M&Aしなかったレベルの重大な問題です。
これは経営陣の不正、悪事だけではなく社員、従業員の問題も引き継ぐことになります。
知らなかった、では済まない問題もあるかもしれません。M&A実行前にしっかり相手の企業を調べないと大変なことになります。
海外リスク
海外企業をM&Aによって買収する場合、契約書をしっかり取り交わしても、文化や慣習の違いによって反故にされる、商法管理が違う、労務管理が違うなどトラブルに発展する可能性があります。
国と国との条約や合意でも、その後双方の認識の違いから大揉めになることがあります。企業間のM&Aにおいても同じようなことが起こり得、それは
売り手側の事業承継リスク
M&Aされる側、売り手もリスクを持っています。買い手からするとそのリスクを把握して、なるべく解消してあげられるよう、M&A契約時にはしっかり説明できるようにしておくとよいでしょう。
財務リスク
本来予定していなかった損害を売り手に与えてしまうことです。契約時にはわからなかった損害については、M&A成立後も賠償責任を負うことがあります。
例えばM&A成立前に納品していた商品や提供していたサービスがお客に損害を与えてしまった、あるいは、サービス提供のアフターサービスで重大なトラブルになってしまったような場合です。買い手はそれらを予期できず、また、損害の原因を買い手絵が提供したわけではないので、大きな問題になります。
また「補償条項」(自社に関する財務や法務等の事項が正確であることを表明し、保証するもの)に違反し、簿外の債務が発覚したり、他社との契約に不備があり、損害が発生してしまったりしたときなどは売り手企業が損害賠償する義務があります。
人的リスク
M&Aによって企業が買われた場合、元々いた社員が離職する可能性があります。売り手としてはもう自分の会社ではないからどうでもよい、と考えがちですが、自社の製品やサービスの存続を目指してM&Aした場合、ノウハウを知る社員がいなくなってしまいます。
結果的に、自社の中核がいなくなり、他社との競争に敗れてしまいます。「○○ブランド」を存続させるためにM&Aしたのに、「○○ブランド」の質が落ち、市場からなくなってしまう、結果的にM&Aに意味がなかったという悲しい結末になります。
法的リスク
M&A契約した買い手企業に著しく有利な契約をしてしまうなど、売り手側の法的知識が不足しているとリスクになります。
「不利な条項がある」「事業に必要な許認可を取得しなかった」「過去に不祥事をしていてその対応がまずかった」といったケースは、売却した自社のブランドや商品、サービスを大きく傷つけることになります。
情報漏洩リスク
自社のM&A情報が事前に外部に漏洩してしまうことによって、社員や取引先が動揺し大騒ぎになってしまいます。
結果的に企業価値が下がり、M&A自体が破談になってしまうリスクです。買い手側からの信頼も失墜してしまい、会社の存続ができなくなってしまいます。
これでは何のためにM&Aを目指したのか、まったく徒労に終わってしまいます。
敵対的買収リスク
M&Aの買い手が自社にとって友好的な感情を持っていなかったケースです。敵対的買収は、株式の過半数を取得され、実質的に経営権を握られてしまい、これまでの会社の良かった部分も完全に壊されて、相手側の都合で勝手に改造されてしまいます。
最近の例だと、店内仕込みの手作り料理が売りだった定食チェーンが、敵対的買収されて、セントラルキッチンに代わり、料理の質が著しく低下、ブランドイメージが棄損された例がありました。
こうしたことをされてしまうと、これまで培ってきたものが一気に崩壊してしまいます。
(註:大戸屋がコロワイドに滴定的買収された例です)
買い手が事業承継の際のリスク回避のためにできることとは?
事業承継には買い手も売り手も一定のリスクがあり、それに注意しないと経営やブランドイメージが大きく傷つくことがわかりました。買い手がリスク回避、リスクヘッジのためにできることは何なのでしょうか?
いくつかの選択肢があります。
信頼関係の構築
当たり前と言われればそうなのかもしれませんが、お互いに信頼関係がないところで物事はうまく進みません。外交と同じで、お互いに腹を割って話し、時に厳しい条件を提示しながら、最終的な成案を作り上げます。
お互いによくわからない、信頼できない中で行ったM&A契約には粗や瑕疵があり納得できない箇所が見つかってしまいます。
まず、本当にM&Aしてもよい相手なのか、しっかり売り手と信頼関係を構築してください。
デューデリジェンス(DD)の実施
「デューデリジェンス(DD)」と呼ばれる売り手企業の財務状況や会社の状況、法務の状況などについて専門家が調査するプロセスを実行します。
専門家の評価によってどのくらい売り手の会社に価値があるのかわかり、適切な譲渡価格や条件交渉(契約内容)に反映できます。
買い手側は費用を節約しようとするあまり、DDを軽視することがあり、結果的にM&Aで買収しても損するケースがあります。
DD実施で契約内容、交渉内容の不確実性を排除できます。その結果、適正な譲渡価格を導き出せます。多少費用が掛かってもこの工程をおろそかにしてはいけません。
管理体制の強化
M&A後に予期せぬトラブル発生のリスクを下げます。売り手企業がM&A前に行った取引でミスや瑕疵があり、損害賠償請求される可能性があります。
M&A後事業が軌道に乗るまでは、管理体制を強化し、トラブルやミスを避けるのが大切です。
トラブルが起きた場合の責任の所在(売り手が負うのか買い手が負うのか)や賠償請求についても契約の段階でしっかり明示しておくのが大切です。
PMIの実施
PMIとは買い手の経営戦略やビジョンをM&A先に浸透させ、売り手(買われる側)社員のモチベーションアップや維持を目的にした取り組みです。
M&A後の離職を可能な限り減らすためのプロセスになります。これでも離職を完全に防げないでしょうが、実施すればある程度リスクヘッジになり、やるべきです。
売り手企業の人材は余人をもって代えがたい人が多く、何とか引き留めるためには、買い手企業の理念や働き方をしっかり説明して理解してもらうことが大切です。
契約関係は即断せずM&A専門家にも相談する
契約関係は弁護士にお任せすれば安心とイメージされていますが、M&Aの場合、弁護士にはわからないリスクがあります。契約条項や補償問題については弁護士の得意分野ですが、財務諸表を読み込む、隠れ負債の存在を見抜く、取引先が特殊な相手で慎重な対応を要する、などは彼らにはわかりません。
そうしたリスクも含めて納得、解決したうえでM&Aを行います。そのため、弁護士、あるいは税理士だけではなく、M&Aの経験豊富なコンサルタントや中小企業診断士などにも事前に相談しましょう。
商工会議所や商工会の窓口にはそうしたM&A専門のプロフェッショナルがいて、彼らを利用してもいいです。
M&Aのリスクマネジメントは法的、財務的なものだけではないのです。
表明保証規定や補償規定の設定
M&A後に生じる可能性のある諸トラブルについて、売り手企業にしっかり(法的にフェアな範囲で)しっかり損害賠償してもらう契約をします。
例えば、M&A後に従業員の未払い給与に対しての請求を受けた場合に、
「売り手企業は、対象企業の社員などに対する給与の未払いによって買い手企業に経済的負担、損失が生じた場合は、買い手企業に対してその全額を補償するものとする。」
といった契約書を取り交わします。
表明保証規定(売り手が契約などの内容に関連して、一定時点における一定の事項が真実かつ正確であることを表明し、その内容を保証。ウソがあれば損害賠償)や補償規定があれば、買い手企業は最悪の事態を免れ、リスクヘッジにつながります。
これらの策を講じることで、買い手企業のM&Aにおけるリスクを減らし、円滑な企業譲渡と新規事業の開始につなげられます。
M&Aのリスクを慎重に検討しながら将来性ある経営判断に期待します
M&Aはうまく進めれば歴史と伝統、技術のある企業を自分たちのものにでき、事業を大きく拡大できます。
しかし、見切り発車してしまうと多額の賠償リスクなど不安定さも承継してしまうことになります。
今回紹介したM&Aのリスクをしっかり認識していただいたうえで、回避のためのポイントをチェックして契約に臨んでください。
100%リスクヘッジできる方法はありませんが、少しでも減らせることをしましょう。そのためには、自分たちだけでM&Aを決定せず、弁護士やM&Aの専門家などにも相談して進めましょう。彼らには守秘義務があるので、情報漏洩することはありません。
M&Aすることで歴史、伝統、技術、文化などを後世に伝えられます。買い手のみなさまにおかれましては、ぜひ前向きに検討してみてください。